東京地方裁判所 昭和43年(モ)905号 判決 1968年12月26日
債権者 日本資業株式会社
右訴訟代理人弁護士 雨宮真也
債務者 株式会社昭和螺旋管製作所
右訴訟代理人弁護士 中田長四郎
同 中津靖夫
主文
一、債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第八、二七五号有体動産仮差押申請事件について、当裁判所が同年八月一日になした仮差押決定を次のように変更する。
債権者の債務者に対する請求債権金五二万六、三一五円の執行を保全するため、右請求債権金額に満つるまで債務者所有の有体動産は仮に差押える。
債務者は、右債権額の金員を供託するときは、この決定の執行の停止または、その執行処分の取消を求めることができる。
二、債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第九、九九〇号有体動産仮差押申請事件について、当裁判所が同年九月二三日になした仮差押決定を次のように変更する。
債権者の債務者に対する請求債権金七八万九、四七三円の執行を保全するため、右請求債権金額に満つるまで債務者所有の有体動産は仮に差押える。
債務者は、右債権額の金員を供託するときは、この決定の執行の停止または、その執行処分の取消を求めることができる。
三、債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第一一、一三〇号有体動産仮差押申請事件について、当裁判所が同年一一月二〇日になした仮差押決定を次のように変更する。
債権者の債務者に対する請求債権金三一五万七、八九四円の執行を保全するため、右請求債権金額に満つるまで債務者所有の有体動産は仮に差押える。
債務者は、右債権額の金員を供託するときは、この決定の執行の停止または、その執行処分の取消を求めることができる。
四、債権者のその余の申請をいずれも却下する。
五、申請費用はこれを二分し、その一を債権者の負担とし、その余を債務者の負担とする。
六、この判決は、主文第一ないし第三項中原決定を一部取消した部分に限り、仮に執行することができる。
事実
<全部省略>
理由
一、作田清彦が本件手形を振出したことは当事者間に争いがない。
二、そこで、清彦に債務者会社を代行して手形を振出す権限があったかどうかを判断する。
1 債権者は、まず、債務者会社の手形振出権限を有する専務取締役作田隆弥が清彦に本件手形の振出代行権限を与えたと主張する。そして、本件手形である甲第一号証の一ないし六の債務者会社代表取締役梅田林之助名下の印影が債務者会社の代表者印によるものであることは当事者間に争いがない。しかし、<証拠>によれば、清彦が本件手形を作成したのは昭和四二年五月八日であるが、その日清彦は、東京法務局板橋出張所に債務者会社の印鑑証明を取りに行っており、右代表者印を冒用する機会があったことが一応認められ、右認定に反する疎明はないから、右印影の真正なることをもって右権限授与の証拠とすることができない。また、当時清彦が債務者会社の従業員であったことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、清彦は、債務者会社の事務所における自己の執務机で、債務者会社のチェックライター、ゴム印、手形用紙等を用いて本件手形を作成したことが一応認められ、右認定に反する疎明はない。しかし、<証拠>によれば、清彦は、債務者会社の振出手形の作成準備事務を担当し、右執務に必要なチェックライター等の用具および手形用紙を管理保管していたこと、および、本件手形を作成したときは昼休中で事務所には他に誰も居なかったことが一応認められ、右認定に反する疎明はないから、手形作成の場所および手段方法をもって、右権限授与の証拠とすることもできない。また、<証拠>によれば、隆弥は、債務者会社において債権者主張の地位、権限を有し、甥にあたる清彦を重用し、同人に経理事務を任せていたこと、債務者会社が手形の無効公告を出さなかったこと、その他告訴の時期および清彦の取調状況については、債権者のいうとおりであることが一応認められ、右認定に反する疎明はない。しかし、右事実から、直ちに、右権限授与の事実を推認することは困難である。のみならず、次の事実関係をみるとむしろ、隆弥は、清彦が本件手形を振出したことを知らなかった疑いが強い。すなわち、<証拠>によれば、本件手形は清彦が代表取締役の地位にある清和通信機の三和物産に対する債務二、〇〇〇万円の支払のために振出されたものの一部であって、もっぱら清和通信機の利益のみを図り、債務者会社にとっては利するところのなにもない融通手形であることが一応認められ、右認定に反する疎明はない。ところで、<証拠>によれば債務者会社は、資本金一、二〇〇万円、従業員六五名からなる、年間取引高約二億円程度の螺旋管製造販売会社であり、そして従来清和通信機および三和物産との間になんらの関係もないばかりか、隆弥は、清彦が債務者会社に勤務するかたわら、会社を設立し、代表取締役の地位にあることさえ知らなかったことが一応認められ、右認定に反する疎明はない。右事実によると、債務者会社にとって、総額二、〇〇〇万円におよぶ融通手形を振出すことは、一朝一夕に決しうる事柄ではなくいかに信頼しているとはいえ、経営能力については全く未知数の若輩清彦の言を軽信して事を運ぶことは、まずありえないとみるのが相当である。しかるに、隆弥が、右債務の基本たる清和通信機と三和物産との間の販売総代理店契約の内容や右両社の信用等を調査検討した形跡はなにもない<省略>。
2 次に、債権者は、清彦には債務者会社に代行して手形を振出す権限が包括的に与えられていたと主張し、<証拠>は、右主張にそうかのごとき部分があるが、右は採用せず、他に右主張を認めるに足る疎明はない。
よって、債権者の右主張も採用しない。
三、次に、債権者の表見代理の主張について判断するに、民法一一〇条にいう「第三者」とは、手形行為の直接の相手方のみを指すと解すべきところ(最判昭和三六年一二月一二日集一五巻一一号二七五六頁参照)、債権者が本件手形振出の直接の相手方でないことは主張自体明白であり債権者は、直接の相手方に当るものにつき正当事由の存在を主張しないから、債権者の右主張は、それ自体失当である。
四、次に、債権者主張の民法七一五条の規定に基づく損害賠償請求権の存否について判断する。
債務者会社の事業内容、債務者会社と清彦の雇用関係の存在、清彦の債務者会社における担当事務の内容、振出手形作成準備に要する用具および手形用紙の保管状況は前記のとおりである。そして、<証拠>によれば、債務者会社における振出手形は、通常、女事務員一名とともに経理事務を担当していた清彦が手形用紙に記載内容のすべてを記入し、隆弥が代表者印を押捺する作成手順に従って作成されていたことが一応認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。そして、清彦が本件手形を作成したこと、その日時、場所ならびに手段方法の概要は、前記二、1認定のとおりであり、<証拠>によれば、清彦は、同年五月八日、支払場所および支払地の印刷された手形用紙一四枚に、チェックライター、ゴム印等を用いて、金額、振出地、振出人、支払期日を記入し、日頃管理保管している社印ならびに隆弥から預かっていた代表者印を押捺して、額面合計二、〇〇〇万円の別紙手形目録記載の約束手形一三通ほか一通を作成し、これを債務者会社の近くの公園で富山に手渡したこと、そしてその日のうちに、清和通信機の取締役である市川が、受取人欄を補充して、三和通信機に白地式裏書の方法で譲渡したことが一応認められ、右認定に反する疎明はない。
以上の事実によると、清彦の本件手形の振出行為は、行為の外形からみて、債務者会社の職務執行の範囲内に属することは明らかである。右行為が清和通信機の利益を図る目的でなされたもので、清彦には債務者会社の職務執行の主観的意図がなかったことは前記のとおりであるが、職務執行の範囲内かどうかは、取引の安全保護のため、行為の外形から判断すべきであって、行為者の主観的事情は右判断の基準たりえないと解するのが相当であるから、この点に関する債務者の主張は、理由がない。
そこで、債権者の受けた損害について検討する。<証拠>によれば、債権者は同年五月一八日、瑞穂化学の依頼により本件手形を含む別紙手形目録記載の約束手形一三通額面合計一、九〇〇万円をいずれも真正に振出されたものであると信じて、割引金一、〇〇〇万円の支払とひきかえに白地式裏書の方法で譲受けたことが一応認められ、右認定に反する<証拠>は採用しない。そして、<証拠>によれば、債権者は、各満期に本件手形を支払のため呈示したところ、印鑑盗用を理由に支払を拒絶されたことが一応認められ、債権者が本件手形を現に所持していることは、当裁判所に顕著な事実である。以上の事実によると、清彦が右約束手形一三通を作成偽造(清彦の振出権限の立証ができず、債務者会社に手形金を請求できない以上、民法七一五条の使用者責任の関係では、清彦の偽造にかかると断定して差支えない)したことにより債権者は、右割引金額相当一、〇〇〇万円の損害を受けたことになる。しかし、各手形の個別的な割引金額については、なんら疎明がない。したがって、清彦が本件手形を偽造したことにより債権者が受けた割引金額相当の損害額は、按分比例の方法で算出するほかなく、それによると、本件手形番号1につき金五二万六三一五円、同2につき金七八万九、四七、三円、同3ないし6につき金三一五万七、八九四円であることが計算上明らかである。(但し、円未満切捨)。
なお、債権者は、満期において支払を受くべき割引料相当額のうべかりし利益を喪失し、同額の損害を受けたと主張するが、右利益は当初から存在しないのであるから、右主張は理由がない。
以上の理由により、債務者会社は、使用者として、清彦が債務者会社の事業の執行について債権者に加えた右損害を賠償すべき義務がある。
五、債務者は、債権者には本件手形が偽造手形であることを知らなかったことにつき重大な過失があるから、債権者に対し右損害を賠償する義務がないと主張するが、右過失の存在を認めるに足る疎明はなく、かえって、<証拠>によれば、債権者は、瑞穂化学から本件手形とともに債務者会社の印鑑証明の交付を受けたことが一応認められ、右認定に反する疎明はなく、また、債権者が債務者会社と清和通信機との取引関係の実体を知っていたと認めるに足る疎明はなにもないから、債権者において、本件手形が真正に振出されたものと信じたことは、一応無理からぬことであって、債権者には、右の点につき過失がなかったといえるから債務者の右主張は、その前提を欠き、失当である。
六、最後に、必要性の存否について判断する。
債務者会社の内容および規模は前記のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、債務者会社は、昭和二九年隆弥が創立した個人企業を、昭和三五年法人化してできたものであることが一応認められ、右認定に反する疎明はない。そして、債務者会社が銀行に本件手形の不渡届に対する異議申立提供金合計八五〇万円を順次預託したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、債務者会社は、昭和四二年八月五日ごろ、主文第一項記載の仮差押解放金一〇〇万円を、同年一一月一八日ごろ、主文第三項記載の仮差押解放金六〇〇万円をそれぞれ東京法務局に供託したことが一応認められ、右認定に反する疎明はない。そして、証拠上債務者会社が、その責任財産を隠匿しようとした形跡はなく、また、財産状態が悪化している様子もない。しかも、瑞穂化学の償還能力についても疎明があるとはいえない。以上のような事実関係からみると、債務者会社に苦痛を与える度合の大きい有体動産をはたして差押える必要があるかかなり疑わしい。しかし、<証拠>によれば、債務者会社は、支払銀行を通じて東京銀行協会に対し、本件手形につき資金の移動を二重に拘束され、困却している実情を訴え、同年一二月下旬、右預託金のうち金七〇〇万円の返還を受け、預託金返還請求権は右金額の限度で現に存在しないことが一応認められるし、弁論の全趣旨からみて、債務者会社の財産状態が将来悪化するおそれがないとまではいいきれないから、必要性につき疎明不足の点は、保証をもって補わしめるのが相当である。しかして、債権者は、前記各決定に先立ち、鹿島臨海工業地帯開発組合交付公債証券額面合計一六五万円および電信電話債券額面合計一〇万円の保証を立てており、右保証金額は、債権者の債務者会社に対する右損害賠償請求債権合計四四七万三、六八二円に対するものとして一応妥当な金額といえる。
よって、各原決定を主文のとおり変更する<以下省略>。
(裁判長裁判官 長井澄 裁判官 清水悠爾 小長光馨一)